2016年1月21日 (木)

俳優の声優起用の是非

俳優の声優起用について
    2. 映画・アニメの声優に俳優を使うを「どう思うか」について、個人的な意見を具体例などを交えながら執筆して下さい。 800文字以上

近頃では映画・アニメに俳優を起用することが増えてきています。このことに関して必ずし悪いとは言えないが、諸手を挙げて賛成もできない。

まず第一に、俳優と声優ではその演技力に大きな差がある時がある。俳優というのは表情や動きで伝えることができるが、声優というのは声だけで伝えなければならない。もともと表情や動きがある前提の俳優が声だけで演じるのは畑違いというものです。

映画・アニメでは声優の実力が無ければ、その作品の魅力は大きく減少してしまいます。

この作品の魅力を伝えるための声は専門家である声優に任せるのが一番だと思います。

実際、過去には俳優を起用したがためにその作品の魅力が減少した、期待していたのにがっかりした、という声も少なくはありません。しかし、当然中には例外もあり、俳優を起用したことにより成功した例もあります。

しかし、そういった俳優はナレーションなどをしたことのある人が多く、全くの経験のない俳優に声優を任せるのは反対です。確かに俳優を声優に起用すれば話題にはなります。それが、現在人気のある俳優であれば、さらに宣伝効果は期待できるでしょう。

しかし、こういった話題性を求めるばかりに、作品が失敗してしまった例は少なくはありません。さらに、こういった俳優の起用は若い声優の活躍の場を奪うことにも繋がっています。

人気の声優であれば、声を当てる以外にもインタビューなどといった活躍の場もあるでしょうが、若かったり駆け出しの声優であれば活躍の場は限られてきます。限られた活躍の場というのが作品の中なのです。その活躍の場を俳優の起用によって奪っているというのも事実です。こ

ういったことから映画・アニメの声優に俳優を使うのは反対と言いたいところですが、俳優の中には声優を経験したことで、そのあとの演技がよくなったと言われる人もいるため、頭ごなしの反対と言ってしまっては俳優の成長の機会を安易に奪ってしまうことになります。このことから、映画・アニメの声優に俳優を使うのは様々なバランスを考えながらならばいいと思います。

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2015年12月21日 (月)

私の高校時代

Koukoukousya

私は現在大学生ですが、高校時代の頃の生活は大切な思い出です。
中学生の頃私は、学校での成績がそこそこよく、家から徒歩10分の進学校に受かりました。

高校に入学してみると、クラスに知り合いがいませんでしたが、席が近いクラスメイトを中心に、すぐにクラスに馴染みました。

高校に入学して少したつと、中学でやっていたサッカーを高校でも続けようか、何か新しいことを始めようか迷っていました。

そんなときにクラスで一番最初に友達になったAに、一緒バンドをやらないか?と誘われました。何をやろうか迷っていた私にとって、バンドの演奏をすることはとても刺激的であったので、すぐに高校はギターをすることに決め、その日のうちにギターを友達から譲ってもらいました。

その日から1日に何時間もギターを練習しました。残りのバンドメンバーは、Aがすぐに集めてきたのですぐにバント活動を始めることができました。

それから1カ月後に初めてスタジオに入り演奏を合わせたのですが、私の演奏を聴くと、ギター経験者であるAが「お前本当に1カ月前にギターを始めたの?」と驚いていました。

どうやら私のギターの上達が驚くほど速かったようです。私は自分の能力をここまで評価されたことがなかったので、その日からテスト前だろうが勉強をせず、ギターにのめり込みました。

高校一年の雪が降る頃には、自分は将来音楽で生活をすると決めました。

プロのギターリストになると決めてからは、学校に行っている時間が退屈になり、授業を受けている間に少しでもギターを練習したいと思うようになり、学校を頻繁にサボるようになりました。

ある日、放課後に先生に呼ばれ学校をサボっている理由を聞かれました。

Gitterlist

私はプロのギターリストになるからもう学校辞めると言ったのに対して必死で説得してくれ、高校だけは卒業しろと言ってくれました。

友達にも学校を辞めるなと言われました。

それからの日々は退屈でしたが、大学生の今思うと、あの頃学校を辞めなくて良かったと思っています。

2015年7月31日 (金)

イヤイヤ期でイライラ期

「魔の2歳児」という言葉があるように、我が家の2歳の息子も、文字通り私達夫婦にとっては今、「魔」な状態になっっています。

   

2歳になる数ヶ月前から始まったイヤイヤ期ですが、もうそれが約1年続いている状態で、元々短気な私がイライラするのはわかるのですが、温厚な性格な旦那も、息子のこのイヤイヤ期にイライラし始めました。

   

どんなことに嫌だと言い張るのかというと、簡単に言ってしまえば、すべての事に対してです。

例えば、「ご飯食べるよ」というと、「NO」と言います。ちなみに息子はトライリンガルで、日本語、英語とスペイン語を話すので、嫌だという言葉よりも英語とスペイン語のNOという言葉をよく発します。

他にも、「お片付けしないとおもちゃ捨てるよ」というと、「お片付けしない」と言い張りますし、「出かけるよ」というと「NO」と、何を言ってもNOなのです。

最初のうちは「ああ、これがイヤイヤ期というものか」と思って、かわいいもんだなと思っていたのですが、これが続くと本当にイライラして息子のことが嫌になりそうになります。

いつかは終わると思いながら、日々このイヤイヤ期に耐えてはいるのですが、最近もう「NO」と言われるだけで本当にぶちっとキレそうになってしまい、そういう時には、「お外に1人でいたいの?」と言うと、何とか落ち着くので、その言葉を最終的には出しますが、それもいつまで効果があるかわかりません。とにかく早くイヤイヤ期が終わればなと願うばかりです。

また、このイヤイヤ期が家の中でも腹が立つのですが、外でも、例えばスーパーなどに行って、自分が好きなお菓子や、キャラクターのおもちゃなどを見つけてそこから動かそうとすると、思いっきり大きな声で「行かない!ヤダ!ここがいい!」と言い、それでも動かぞうすとすると、今度は大声で泣き出し、引きずってそこから連れ出さなければいけないほど、聞きわけが悪くなります。私がまるで虐待しているようにみられるので、こんな風に私を悪者に見せる息子が嫌いになりそうな時もあります。でも、何でもかんでも最終的にはママである自分に何でも頼って来て、ギュッと自分から抱きしめに来たりする時はかわいいので、そういうのがこの状況の救いになっています。

2015年4月13日 (月)

芸人とかセミナー講師などしてるのに自分は声のコンプレックス

私は芸人として活躍しています。時に美容とかスピリチュアルなどのセミナー講師としても活動しています。

だけど、声にコンプレックスがあるので最近、トーク重視のそれらのネタとかセミナーが嫌になってます。

要するに、滑舌がそこまで良くありません。

また声が低いのか高いのか普通の声は静かなとこではかなり響くしうるさい言われます。

しかしクラブとかBGMがうるさいところでは、声が聞き取りにくいと注意されます。

うるさいのか聞き取りにくいのかどっちならと思う声が私の声なのです。

いつも、そういう状況ですし、何年も同じようなこと注意されているので普通にコンプレックスになってます。

理想としては、芸人らしく大きくて明るく楽しい人を魅了する声だとそれだけでも説得力が溢れているし笑につながりそうです。

セミナー講師として一時間以上トークするなら声が聞き取りにくいとか、滑舌悪いと聞いてる方は不快感を感じてるはずです。

私は必死で話していても不快感を感じられると本当に次のセミナーの依頼がなくなってしまいますね。

聞き取りにくい声、低いのか高いのかわからない声、滑舌悪いとか噛んでしまう声など本当に情けない有様です。

お笑いパフォーマンスをしても聞き取りにくいし面白いのにもったいないぞ君と言われることも何度もあります。

ハキハキとわかりやすい声が出てほしいと思っても魔法のようにすぐにそうなることは無理です。

だから、今のお笑いパフォーマンスは声に頼らない方法をとってます。

皮肉にも声に頼らない動きが面白いくフリップをめくるネタの方がうけます。
変に声に出して漫談とかトークしまくるネタは滑ることが多いけど、これは新しい発見でした。

声のコンプレックスがありピンチをチャンスに変えた裏技です。

例えば私のYouTubeでAKBお笑いネタがありますがトークだらけで面白さが伝わりません。

しかし最近のAKBお笑いは、フリップをめくりながら、私はトークせず踊りながらフリップをめくるサイレントに近いネタをやってるのです。

トークしまくる滑舌悪さや聞き取りにくい声のコンプレックスをある意味解消されてるのか
うけが良いと気づきどんどん取り入れたいし、そういうネタに移行する時期だと思ってます。

芸人なのにトークより動き?皮肉たっぷりですが、ピンチをチャンスに変えた結果です。

2015年3月 9日 (月)

今でも忘れられない失敗

クレジットカード会社に勤務していた時のことです。
私のその時の役割は最初はカードの入会受付でした。
段々と登録情報の変更作業や退会の手続きなど、他の作業も覚えてそういった業務の受付もするようになりました。

勤務にも慣れてきて難しい作業にも少しずつ携わる用になっていき、
好成績も上げて社内で表彰されることもありました。
社内でも戦力になりつつある自分に舞い上がっていたのかもしれません。
忙しい時とそうでない時の差が激しい職場だったので、
時間が空いた時により確認をしっかりする癖を付けなかったのが今でも悔やまれます。
事件が起きたのは今までに経験がないぐらいに忙しい日でした。

その日は私が最近になって新しく覚えた作業の手続きをしに来たお客様の接客をしていました。

その場での作業は何の問題もなく、滞り無く終えることができました。

しかし、その後が問題でした。

そのお客様の情報を更新しようと古いデータを消したつもりだったのですが、私が消してしまったのが新しいデータの方だったことが後日判明したのです。

なぜ判明したかというと、そのお客様から直接問い合わせがあったからです。

「カードが使えない。どういうことだ!」と。

よりによって買い物した先が高級店だった上にそのお客様は、その高級店でもうちの会社でもVIP顧客。

大恥をかいたと大変ご立腹。

会社の重役が直接頭を下げに行く事態になってしまいました。
そのお客様にその後どういった対応がなされたのかはわかりません。
その時には既に私はクレジットカード会社をやめて別の仕事をしており、私個人も会社もどうすることもできなかったのです。

そのため会社としては再発防止に努めるべく、私に私が行った作業の詳しい経緯を聞くしかできませんでした。

会社をやめてからもたまに顔を出して挨拶することがあったのですが、この一件以来部長の視線が厳しくなり足が遠のいてしまいました。

女ばかりの職場でしたがギスギスした感じが全く無く、ほのぼのしていて良い職場だったのですがチェック作業が少々甘いところがありました。それでも個人個人で気をつけていたので、今までこんな失敗をする人はいなかったのです。

5年近くたった今でも忘れることができない失敗です。

2015年3月 6日 (金)

飲食と言う仕事ならではの失敗談

会社勤めをして、一番痛かった仕事の失敗談と言うことで、今回は、私自身が飲食業と言う仕事ならではの失敗談を紹介します。

今では時効となっていますので大丈夫だと思います。

まず、私がなぜ、飲食業と言う仕事を選んだのかと言うことですが、やはり将来的には自分でお店をやりたいと言う思いがあったことがきっかけです。実は、この会社に入る前に、既に学生時だからアルバイトとして、携わっていましたので、いわゆる就職活動などはほとんどなくそのまま入社させて頂いたと言う経緯があります。ですから、新入社員と言っても、まっさらな未経験の方とは違い、入社後すぐに小さいながらも、一つのお店を任されると言う運びになりました。ですから、当時の自分は、ある意味天狗になっていたので、小さいお店なら大丈夫だと思っていたのが間違いでした。

やはり、社員とアルバイトでは全く違う世界がありましたし、要求される仕事の質も断然違ったものでした。

しばらくは、余裕と思って仕事をしていたある日、今でも忘れられない痛い失敗をしてしまいます。当時、売り上げ好調で、お店自体もばたばたしていたさなか、学生アルバイトの方が、手に火傷を負ってしまいました。その処理が非常にまずかったのですが、当時の私は、労働災害に関する知識が乏しく、店舗で働いている間の怪我は労災に値すると言う事も知りませんでした。

当事者の方は女性でしたので、もちろん医者に行って治療を受けるわけですが、それで話は終わりませんでした。本人の親御さんから連絡があり、労災の処理はどうなっておいるかと問われました。

ですが、当然私は、曖昧な事しか答えられず、それに納得されなかった親御さん自ら、私の会社のお客様相談室に電話をし、事の次第を伝え当然、私の上司にも連絡が行きました。火傷をした本人は、治療も進み、アルバイトを辞める事はありませんでしたが、その後のやり取りに、随分時間を費やしたのは言うまでもありません。ですから、当時の私の認識の甘さと言うか、たかが火傷と思っていた事が間違えでした。

当時の上司も実は同じような失敗をした経験があり、親御さんとの話し合いも和解に持っていってくれました。今では、もちろんこのような事が無いように従事しながら仕事をさせて頂いております。

2014年12月 7日 (日)

仕事でとても手痛いミスをした時の事

以前パートで名入れのカレンダーを作っている会社で働いていました。新しい地域に引っ越しをしてきたばかりの会社だった事もあり、上司になる方もやはりまだ新しい方の方が多かったのです。ですので仕事の形式自体も流れがよくわかっていない部分もあったのですが、それでもなんとか業務をこなしていきました。

私の仕事は簡単な検査や梱包だったのですが、検査の方も以外に難しく、印刷の乱れている場所などを手早く見つけなければいけないので、不良品を出さない事は当たり前ですが、数をたくさん仕上げなければならず、不慣れな面もありその部分でもとても苦労をしていました。最初はそのくらいのレベルの仕事しかしなかったのですが、人手が足りない事で他の部門を手伝う事も多くなりました。

わからないも多かったのでメモを取りながら発送先の会社の名前や、入れなければいけない商品の種類の数などもある程度覚えていきましたが、やはり検品作業と荷分け作業を兼業していた為に、間違わないようにと毎日神経を使っていました。

しかし、ある時に箱詰めをした物の上に書かれていた物と、商品の内容が違う物を発送してしまいました。 シフトを交換した時に起こった事だと思うのですが、それは全く言い訳にならないくらいの大失敗でした。もちろん営業担当の方がお客様に謝罪をしたのですが、私の部門でもかなりこのミスに関して叱られました。いくら忙しいとはいえ、発送先を間違うとは絶対にあってはならない事なのです。

それからはこのとても痛い失敗を二度としないように、仕上げ部門全体でもミーティングが行われました。そしてやはりシフト交換をする時に見落としがないように注意する事と、管理した人がハンコを押すようなシステムに改善されました。私がやったかもしれないミスですし、やはりきちんと荷物と中身の確認だけはしなければいけないと思いました。

さらに、以前は人手も少なかったのですが、やはり人数不足によるミスが起こるのも困るという事で、パートさんの数も増えました。ですのである程度マニュアルもできたので、効率よく仕事をする事ができるようになりましたが、あの時の失敗は今でも忘れる事ができないのです。

2014年10月10日 (金)

絶対にやってはいけないことをやって失敗

今から数年前に話になりますので、現状は少し違っているかもしれませんが、忘れもしない仕事中かなり凹んだの失敗があります。

当時私は某大手自動車メーカーの系列会社に派遣として勤務していました。配属は総務で、主に事務的な仕事を任されていました。その企業では、機密管理・情報漏えい阻止が徹底されており、「カメラ付き携帯電話」は社員だろうが上役だろうが、社内への持ち込みは頑なに禁じられています。持ち込んで良いものはカメラ機能なし、電源を落として入れておくのもダメでしたので、自車か電車通勤の人は入口にある警備員室に預ける、という規則でした。

私は車通勤でしたので、いつもは車に置いておくようにしていました。社食代を節約するために、毎日近くの自宅へ昼食を食べに行っていたのですが、ある日カバンから携帯電話を取り出すことをうっかり忘れていました。

そんな時に限って、普段連絡がない昔の友人からの着信。キーボードを打ち込む音以外はあまり大きな話し声も聞こえない、広ーいオフィスで、私のカバンから凄まじい爆音が聞こえました。一瞬なぜか素知らぬ振りをしましたが、明らかに私のカバンから聞こえるので、みんなが凝視してきます。そして全く鳴り止まないので、泣く泣く「あ!私のですね?!」という天然を装い携帯を取り出しました。その時の恥ずかしさと動悸の激しさは、今でも忘れられません。

その後日、派遣元の私の担当者が呼ばれ、別室で二人で上司に厳しく叱咤されました。当然、始末書を書かされ、いろいろな方にご迷惑を掛けてしまいました。もちろんやましい意味での持ち込みではなかったのですが、うっかりながらも規則を守れなかったことは、その会社に勤務する以上、決してしてはいけなかったことだと反省しています。ただ、「携帯電話」でここまで事が大きくなってしまうんだ、ということ、また世界に信頼を得る大手企業の厳しさを知ることもできました。

その件の後しばらくは何となく居心地の悪さを感じながら仕事を続けていましたが、すぐにリーマンショックの影響で、流行りの「派遣切り」に遭い、終了となりました。自分のせいでもありますが、全体的に後味の悪い仕事の思い出です。

2014年10月 9日 (木)

新米教師のとき、遠足で担任の子供たちに怪我をさせてしまいました。

わたしは15年間小学校の教師をしていましたが、特に仕事を始めてから3年くらいは
本当にたくさんの失敗をしました。

今思い出しても冷や汗が出るのは、教師になってはじめての年に3年生を連れて遠足に行った
ときのことです。元気いっぱいの3年生は、新米の担任教師であるわたしが一生懸命言うことをなかなか
聞いてくれず、子供たちはわいわいと終始自由に騒いでいました。

学校からそう遠くない小高い山に遠足に行ったのですが、初夏のことで気候もよく子どもたちはご機嫌で
皆で歌を歌ったりしていました。お弁当も食べて下山をしていたとき、やんちゃな男の子の一人が
突然「皆、誰が一番最初に山から降りられるか、競争しよう。」と言ったんです。

えっ?と、列の最後の方を歩いていたわたしが思ったときにはすでに遅く、「よーい ドン!」という
その男子児童の掛け声で、10人以上の男子がいっせいに走り始めたのでした。くだりの山道を走るのは
とても危ないので
「止めなさい。走ったらダメです。止まって、止まって!」と大声で叫んだのですが、あっという間に
男の子たちの姿は見えなくなってしまいました。

幸いなことに前を経験豊富な男の先生のクラスが歩いていたので、わたしの受け持ちの男子児童たちを
しっかりと止めてくれたのですが、それでも2人の男子児童が転んで怪我をしてひざを酷くすりむいたり
口の中を切ったりしてしまいました。

もしわたしが先頭を歩いていたら、走り出した男子児童たちがそれこそ骨折するような大怪我をしていた
可能性もあると学年主任の先生から強いお叱りと指導を受け、本当に恐ろしく身が縮む思いがしました。

教師というのは教室で勉強を教えるだけではなく、遠足や課外授業で学校外に子供たちを連れて出かける
機会もかなりあります。何よりも子供たちの安全に配慮し、事故にあったり怪我をしないように子供たちを
守ることが大切なんだと身にしみて思い、それ以降は遠足に出かける前に、走らない、皆と一緒に行動する
、教師の話をよく聞くなどきめ細かい注意や指導をするようになりました。

それでも修学旅行の最中に水族館の台から落ちて骨折をしてしまった子供もいたので、今でも後悔することが
いろいろとあります。

2014年9月24日 (水)

モバイルサイトでの失敗

ここ数年はスマートフォンが増え、ガラケーがどんどん減っています。
これはまだ世にスマートフォンはなく、携帯電話が主流だったころの話です。

着メロが流行りだし、NTTドコモのiモード、KDDIのezwebなどの、公式サイトの利用者数がどんどん増えていた頃、当時勤めていた会社でもキャリア公式のモバイルサイト事業に新規参入しました。
今思い返せば、当時はモバイルの勝手サイトというものがなかったので、PCは無料、モバイルはキャリア公式の有料サイトが普通という時流だったように思います。

オープンしたのは、キャリアが新たに発表した新技術を用いたダウンロードコンテンツサイトでした。
当時、モバイルサイト事業に大手の会社はそれほど参入しておらず、同カテゴリに分類されるサイトは自サイトも含めて10社以下。

そんな状態でキャリアの新カテゴリが開放され、サイトがオープンします。
もの珍しさも手伝ってか、初月の有料会員登録数はおよそ3万人。
ユーザーの問合せ対応や、売上集計などはあるにしても、コンテンツに関しては週に1度ほど追加するだけなので、かかる時間はたかが知れています。
たったそれだけの作業で、放っておいてもどんどん有料課金のユーザーが増えるわけですからこれほどおいしいビジネスはありません。
且つ、月額会員は解約しない限りずっと課金され続けます。
サイトの月額料金は携帯代金と合わせて徴収されるので、気付かないユーザーが多いことに驚きます。
記憶しているところでは、7割以上がそういう(休眠会員と呼んでいました)ユーザーだったのです。

そんな状態で会員は順調に伸びていき、半年ほどで10万人を超えました。
1人あたりの月額料金は数百円ですが、これだけの会員数となると月数千万円の売り上げになります。

と、ここまでは順調でした。
会員数がどんどん伸びていたので、社内は完全にぬるま湯状態。

そんな時、ある方から「今の状態はいつまでも続かない。他社も当然参入してくるので、顧客は分散する。今のうちに、新サイトをどんどんオープンして、小さい売り上げを積み上げていった方がいい」とアドバイスをもらいましたが、完全に左ウチワの状態だったので、動かなかったのが大失敗でした。

その後と言えば。
進言されてた通り、大手を含め他社の参入が増えていくにつれ、会員数は右肩下がりに。
さらにナンバーポータビリティが追い打ちをかけました。
キャリアを代わると、当然ながら休眠会員も意識せずに強制解約になります。
最終的な会員数は最盛期の10%ほどに落ち込み、サイト自体を譲渡することになってしまいました。

いい時期は持続しない、常に2~3歩先を考えて仕事をするべきだったと後悔しています。

«耳が悪いのか、良く聞き間違いをしてしまいます。